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人はなぜゴリラ的思考を忘れてしまったのか


先日、ウォーキングしている時に入ったことのない本屋を見つけました。
本が好きなので、本屋を見かけるとつい立ち寄ってしまいます。

そこで見つけたのは『「サル化」する人間社会』という本でした。

著者は京都大学大学院理学研究科教授。
霊長類学と人類学をされている先生とのことでした。

サル、オラウータン、ゴリラなどを研究しながら、
人間とは何かということを探究されてきたそうです。


この先生は主にゴリラを研究されているそうなのですが、
ゴリラって、人間より進んでいるんじゃないかと思うこともあるそうです。

私もこの本を読みながら「ゴリラの社会の方がすごいな」と思いました。

それはなぜか。

例えば、オス同士がケンカした場合、
間にメスや子供が入ってそれを止めるそうです。
その仲介に入ったメスや子供はどちらの味方もしないそう。
そして、勝ち負けをつくらないで終わるのだそうです。

1匹のオスにメス何頭かで群れをつくるのが普通のゴリラ社会ですが、
メスも子供もオスもすべて「平等」なのだそうです。
誰が偉いというのはなくて、みんな一緒。
まだ独り立ちしていない若いオスが、リーダーのオスに食べているものを
ねだったりしても、リーダーのオスは怒らず、譲ってくれるそうです。

また、サル社会は人間を警戒しますが、慣れてしまうと無視するそうです。
やり方は見せてくれるけれど、その中には入れない。
でも、ゴリラ社会は、「ここで一緒にいるならこうしてね」というルールを教えてくれるそう。

筆者の先生は「人間はゴリラを受け入れるのはなかなか難しいけれど、ゴリラは受け入れてくれる」
と書いていました。

そして、ゴリラは相手の眼を見て、相手の気持ちを知ろうとするのですって。


進化の過程では、人は同じ先祖からゴリラと別れたようなのですが、
どこで人はこの部分を忘れてしまったのでしょう。
勝ち負けを作らず、誰も平等で、平和な社会。

そして、サル社会は、勝ち負けの社会なのだそう。
競争社会ですね。

どっちが暮らしていくのが楽かは一目瞭然。

人はこのままサル社会を突き進むのか、
それとも、先祖がえりしてゴリラ社会に戻れるのか。


自分が意図して選べばいいのかなとも思いました。
私はゴリラ社会を選びたい。

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[ 2014年08月09日 22:45 ] カテゴリ:日々の考察 | TB(0) | CM(0)
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